せせらぎの小道:Immanuel Kant

2023年1月30日。本当の空は快晴。

 

厳密にいうと民主制は必然的に専制になる。というのは民主制の行政権のもとでは、一人(同意しない者)がいても全員の賛同とひとしく、その結果として、全員でない全員が決めていくことになる。

 

いかなる国も、よその国の体制や政治に、武力でもって干渉してはならない。

内部抗争が未だ決着をみていないのに、よそから干渉するのは、国家の権利を侵害している。その国の国民は病んだ内部と闘っているだけで、よその国に依存しているわけではないからだ。

 

「永遠平和のために」カント・池内 紀・訳

 

藤井君と羽生さんの熱戦が続いていますが、多くの人は将棋指しではなく将棋の駒なのだということを考えてみる必要がある。王様ですら駒の一つですよ。

せせらぎの小道:連峰、連山

2023年1月14日。屋上から額取山連山、那須連峰。

那須連峰は茶臼岳と三本鎗が認識できる。

正月休みにモンテスキューモンテーニュ(エセー)を読もうとしたところ、どうもシックリこない。何故かと考えてみたら、私の頭の中に欠落した部分があるということに気づく。その部分とは、この人達が当たり前と思っているところ、ギリシャ、ローマ、キリスト教社会、をよく知らないという事のようです。

西欧の方で、私たちの歴史や宗教のことを深く知らない人が司馬遼太郎さんの歴史小説を読んだら(西欧後に翻訳した)やはり同じような印象を持つのかしら・・などと考えてみた。

 

そういう意味でいうと、「須賀しのぶ」さんの小説は凄いな・・と感心している次第です。

満州やシベリア、壁が崩壊する当時のベルリン、ワルシャワ労働歌が聞こえてきそうなポーランド・・に連れて行ってくれる。ただし主人公は日本人が多い。ストーリーテラーとはこういう人のことを言うのだなと感心しました。

小説を読む楽しさ、面白さ、はこんな所にもあることよ。

せせらぎの小道:文明のありよう

中村桂子先生の著書:「科学者が人間であること」岩波新書:からの抜粋です。

環境問題の顕在化がありました。当時は公害という言葉が用いられましたが、典型例は水俣病です。海に排出した工場排水に含まれていた水銀が原因で、そこでとれた魚介類を食べた人々が神経障害を起こし、死亡者も出ました。特に衝撃を受けたのは、母親の摂取した水銀が胎児に濃縮し、胎児性水俣病が発症したことでした。胎児は母体の毒物から保護されているという常識は、ヘソの緒からの水銀検出という事実で覆されました。

 水俣病の存在が知られたのは1968年のことでした。有害物質を含む排水を海に流したのは、太平洋まで続く大量の水で薄められると考えてのことです。しかし、海は単なる水ではなく、そこにはさまざまな生きものが暮らしており、そこで生物濃縮が起きたのです。

 海中の食物連鎖の上位にある魚介類を食す人間に水銀が濃縮される。海を水として見て、生きものの場として見ない。これが進歩を求めた科学技術の基本にある考え方でした。これが結果的に悲劇を招いたのです。生物研究者としては、自然を自然としてみる、生きものの存在を見ることができない文明のありようにここではじめて気づき、衝撃を受けました。

 

・・生物学の総合化、そこから見えてくる生きものであるヒトとしての人間を知る、その知識を基に科学技術文明を築く。これが1970年に私が教えられた生命科学です。

中村桂子先生の論ずる「南方熊楠(みなかたくまぐす)」や宮沢賢治の姿にも大いなる共感を覚えます。そして先生の現代科学論、現代文明論から目が離せなくなりました。

これは命の哲学です。ヒトばかりではなく、ヒトをも含めた、命のありようを語っています。

写真は二本松市、菊、晩秋。

 

メモ

 文明が分明たるための三つの条件。不殺生、共存、公正、→地球意識

1.暴力を否定すること。殺すなかれ。

2.文明間の相互作用の重要性。世界を一元化するのではなく、他の文明があってこその各文明ということに気づく。文明間の共存が重要。

3.公正(equitability)

 

 

せせらぎの小道:冬景色

2022年12月15日。ZAZA冬景色

 この地域は会津地方の気候なので冬の訪れが早く、春が少し遅れてやってくる。もう冬ごもりに入った。薪ストーブの側でコーヒーをご馳走になり人の世の事を語る。最近道路向かいにキャンプ場ができた。ただそれだけのキャンプ場なので訪れるキャンパーは少ないかも知れない。

店主の芸術論には端倪すべきものがあります。オリジナリティーを尊重します。

 

私はと言うと、この年になり、気持ちが徐々に自由になって、解放されていくような気分を味わっています。学びたいものをもっと学ぶ、やりたくないものはやらない、たくさんの音楽を見たい聞きたい。さあー今から、さあーこれから・・と言う気分。今年は宝くじが当たりそうです。

 

せせらぎの小道:花の絨毯

2022年12月10日。島公園

この風景と落ち葉焚きと焼き芋というのは結びつかない。が、それが成り立つときもある。「サザエさん」の世界だ。遠い昔を辿ってみても私の中には存在しない世界だ。

亡くなられた 橋本 貢 画伯 の内なる世界には存在していたかも知れない。

せせらぎの小道:芸術を文章に

職場の友人達がコロナに感染したり濃厚接触者になったりで本当はてんやわんやの状態なのですが、後期高齢者になった私は・・・家内の病気療養を理由にしたりして・・

緑水苑:初夏

 恩田陸蜜蜂と遠雷原田マハ、絵画、須賀しのぶ、革命前夜。絵画や音楽を小説にした作家と作品の羅列。

ひっくるめて芸術と言ってしまえばそれまでなのですが、絵画や音楽を文章にするというそのことに感動を覚えています。

小説を読んでいて音楽を聴いたり見たり、文章を読んでいて絵画を観たり。

震災原発事故の少し前から音楽を文章にしたいという、浅学・生意気・身の程知らずのことを考えてしまって、ヴァイオリン奏者の田中洋子さんに取り返しのつかないご迷惑をかけてしまったことがある。

田中さんのリサイタルで、そのスピーチに大変感動してしまって「田中さん、今日のスピーチ文章にしてください」とお願いしてしまった次第。その文章を基に音を文にしたいと思ったわけです。できればその道の雑誌にでも投稿したいと。

その作業中、大震災に見舞われました。3月15日、金曜日、午後2時50分頃、慌てて机の下に避難。命拾い。

デスクの上のパソコンは散乱、書類は後片付けの時に紛失、田中さんの原稿は探し出せませんでした。学生さんの時にアメリカでの演奏旅行に参加し、賞賛を受け、その時の感激を綴った大切な記録でした。

「あれどうしました?」と後日、田中さんに尋ねられて「・・・・・・・」。

そのことを春山先生にお話ししました。「なんとか田中さんにお伝えします」「泣くことはないだろう」というお言葉。どうやら少し涙声での無理なお願いだったようです。

 

田中さんは元気に演奏活動を続けられている。何時も笑顔を向けてくださいます。

「申し訳ございません」。

せせらぎの小道:薪ストーブ

2022年11月27日。ZAZA.

永年、林の管理を続けている店主は冬季の暖房に薪ストーブを使っている。こんな事をもしなければならない。楢の木の根元に清めの儀式を施し(お酒を捧げて)伐採という作業に移る。樹齢?。

これを薪にする作業であるが、おそらく来年の夏辺りまで続くのではなかろうか。腰痛をぶり返さねばよいが。

安積原野から見る西吾妻連峰はすでに冠雪状態です。