せせらぎの小道:真珠の首飾り(1)

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関係のない話から始める。フェリメール:真珠の首飾りの少女:1662ー64。女性にとって(男性にとっても)真珠の首飾りあるいは真珠は特別な意味を持つ。真珠は永遠に生きて呼吸していると思われているからだ。あるいはそうかも知れない。

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菅野睦子作:彫塑:ベアテさん。

ベアテさんとはベアテ・シロタ・ゴードンさんのこと。

菅野睦子編著:新・アートセラピーアートセラピー研究所発行:より

 

それは一つの舞台から始まった

 平成10年、第94回太平洋美術会展の開期が迫る四月初め、私は友人に誘われて、青年劇場の観劇に出かけました。演劇については造詣も深く、生徒への演劇指導においてもベテランの和田さんのお誘いならば、少々の忙しさの中かでも時間を割いてみる価値は大いにあるだろうと思ったのです。

何の予備知識もなく、劇場に着いてみて初めて、私はその劇がジェームス三木作・演出の「真珠の首飾り」だということを知りました。

グレン・ミラーのことかしら・・・」などと思って席に着くと、いよいよ開演です。

舞台は、五十余年前の日本、太平洋戦争敗戦直後の日本国憲法制定の時でもあります。

一人の外国人女性の回想の形で展開される、動きの少ない演劇ですが、内容は歴史的重みに裏打ちされ、どっしりと静かに伝わってきます。
 敗戦直後の日本は、物資は極度に窮乏し、生活も貧しく、人々の心は困難の中にありました。しかしまた、何か新しいものが湧き上がってくるような転機の時でもあったのです。

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それから三日間、私は電車に乗り合わせた外国人女性にも、つい目がいってしまうくらいでした。

そして四月二十八日、いよいよベアテさんが来日しての感激の日がやってきました。再び見る舞台は、初めての時とは違って何と大きく見えることか。セリフの一言一言も、舞台のすみずみまで響きわたって生きているようです。

最後に、ジェームス三木さんと並んでカーテンコールで挨拶されたのは、紛れもなくベアテさんーロングドレスをすてきに着こなした、貫禄十分のベアテ女史がそこに立っていました。

終演後、私はベアテさんの著書{1945年のクリスマスー日本国憲法に「男女平等」を書いた女性の自伝-}を買い求め、サイン会の長い列に並びました。

「すばらしいお芝居でした。この感動を、ぜひ彫刻にしたいと思います!」自分の番が来てそう告げた私に、「あなた、彫刻家ですか。頑張って下さいネ」と、ベアテさんはとても上手な日本語で話されました。

たった一言の、でも貴重なこの会話は、その後の制作に、何と大きな励みと勇気を与えてくれたことでしょう。

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ベアテさんは「私はこれをクリスマスプレゼントとして差し上げました。真珠の首飾りです」・・と語っている。

 

私は、思いのたけを込めて、この石膏像を一気に造り上げました。彫りの深いベアテさんの顔立ちは、彫刻家にはとても魅力的でした。

若き日のベアテさん、勇気と理想に燃えて憲法の草案をつくった二十二才の彼女のイメージが、どこまで表現できるか・・・・。

 

私の心をとらえたこの熱い想いが、制作の手をどんどん早めていきました。そして、太平洋美術展の搬入に間に合って出品することが出来たのです。

 

*中学生になったばかりの時から2年間、私は菅野睦子女史に「養母」になって頂いた人生経験がある。常葉町立常葉中学校関本分教場というのが私の入学した中学校です。菅野睦子女史はそこでの美術および国語の教員でした。

この文章を読むとき、その時のことが鮮明に思い浮かぶ。作品制作に没頭する姿はいつも変わっていないことが解る。私の役目は彫塑像の最初の段階、粘土を探すこと、そして丁寧に粘土をこねること。粘土の中に少しの空気も残すことなくしっかりこねること。最後に作品の裏側、目立たないところに菅野睦子女史の名前、それと同じ格付けで私の名前を入れてもらった。勿論ベアテさんの頭像には私の名前はありませんよ。

 

行儀が悪いといってほっぺたを2発叩かれたときがあった。菅野睦子女史の目には一杯涙がありすぎて流れ出ていた。その恩返しをする前に菅野睦子女史は亡くなってしまった。今でも夢に見る。

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菅野睦子女史の作品「青い空」。穏やかである、深みがある、慈愛というものを感じる。

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上の2枚の写真は菅野睦子女史が自らカメラを持って写したもの。「できが悪い」と語っていた。

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太平洋美術展に出品されたもの。「ベアテさん」。

 

*続きは明日にでも。